My History
Birthdate:Sep/13,1962
幼少期
- どこかのお宅に連れて行くと「スイッチスイッチスイッチ」と家具の後ろとかに勝手に入り込んで家中の家電のコンセントを抜きまくり、「正実ちゃんが帰ったあとレイゾウコがぬるくなってて困った」などの苦情が絶えなかったのは2~3歳頃(母談)
- 同じく3歳ごろ、当時住んでいた団地の3階の家にに母がいたところ「ヨイチョ、ヨイチョ」と声が聞こえてきて、ドアを開けたら自分の身体ほどの猫を抱いて階段を上ってくる僕がいた(飼ってもらおうと連れて来たらしい)。
何が言いたいかというと、「三つ子の魂百まで」
今も昔も「電気と動物」でできてます(笑)
- 小学生の頃、当時父の部屋にあった、スピーカーのグリルが凝った木工細工のSANSUIのコンポにオープンリールのテープデッキが繋がれていて、それにレコード音源やFM放送を録って遊んでいた。
- 父のレコードライブラリはカーペンターズのベスト盤、クラシックのピアノ曲のオムニバス全集ものなど。 当時初めて聞いたカーペンターズのコーラスワークは明らかに今の自分の音に影響しているし、ドビュッシーの「子供の領分」の「ゴリウォーグのケークウォーク」を聞いた衝撃は、クラシックに対する垣根をぐっと下げてくれた。
長くなるので端折ります。(笑)
- 19歳のとき、縁あってバンド「パイロッツ」(CBSソニー)に加入。2年ほど活動。
- 21歳 「パイロッツ」は解散したが当時の社長のすすめで事務所に残り、米軍キャンプでブルーグラスを演奏したりテーマパークで演奏したり、今の音楽生活の礎になるような20代を過ごす。
- 25歳ごろ 菅原進さん(ビリー・バンバン)のCM、ドキュメンタリー番組の音楽などの仕事をいただくようになり、アレンジャーとして活動を始める。
- 34歳ごろ始めた「天才トノサマBand」。自分たちでライブハウスに機材を持ち込みレコーディングしたりするスタイルをとり、自分でミックスもするようになる。
以降自分の作曲、アレンジ作品をミックスする機会も増え、友人のバンドのレコーディング、ミックスのみを依頼される機会も増えている。